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縁紡(えにつむぐ)代表の隙間時間 ― AI時代だからこそ、まずは鉛筆を握る

はじめに

「どうしてそんなに色々なアイデアが出てくるんですか?」
島うさぎコーヒーや島のおやつ、Enlavit(エンラヴィット)の活動をしていると、ありがたいことにそんな質問をいただくことがあります。
新しい商品を考えたり。
イベントを企画したり。
キャラクターを作ったり。
ホームページを作ったり。
SNSを更新したり。
確かにやっていることは多いかもしれません。
しかし実は、そのアイデアの多くは特別な場所で生まれているわけではありません。
会議室でもありません。
高価な設備があるわけでもありません。
多くは何気ない「隙間時間」から生まれています。
30分だけ空いた時間。
1時間だけ予定がない時間。
そんな小さな余白の中で、私は料理をしたり、写真を撮ったり、スケッチを描いたりしています。
今回は、そんな縁紡(えにつむぐ)代表の少し変わった隙間時間についてお話したいと思います。


名前に込められた想い

少しだけ私自身の話をさせてください。
私の名前は師佐(かづさ)と書きます。
初対面で一発で読まれることはほとんどありませんでした。
「しさ?」
「もろさ?」
そんなふうに聞かれることも珍しくありませんでした。
子どもの頃はそれが嫌でした。
周りの友達は普通に読んでもらえるのに、自分だけ毎回説明しなければいけない。
だから正直、自分の名前があまり好きではありませんでした。
読みにくい名前だったこともあり、いつの間にかあだ名は「シーサー」になっていました。
でも大人になってから、その考えは大きく変わりました。
私の名前には両親の想いが込められていました。
師(かづ)として。
佐(たすける)。
それで「かづさ」です。
当て字ではありません。
実は「師」には昔から「かづ」という読み方があります。
両親は私に、
「何か一つでも飛び抜けたものを持ち、それを人に教え、人を助けられる人間になってほしい」
そんな願いを込めて名付けてくれました。
その意味を理解した時、初めて自分の名前が好きになりました。
今ではむしろ覚えてもらいやすい名前だと思っています。
営業の仕事をするようになってからは特にそう感じます。
一度聞いたら忘れにくい。
それは大きな強みでした。
そして実はもう一つ、昔は少しコンプレックスだったものがあります。
それは淡路島育ちということです。
子どもの頃は都会に憧れていました。
都会生まれの友達が羨ましかった。
私は兵庫県の淡路島育ちです。
高校へは船で通っていました。
今考えればかなり珍しい生活ですが、当時はそれが当たり前の日常でした。
淡路島は好きでした。
でもどこかで「田舎者だと思われるんじゃないか」という気持ちもありました。
しかし大人になり営業の仕事を経験してから考え方が変わりました。
船で高校へ通っていた話。
淡路島で育った話。
コーヒーを通じて故郷を発信している話。
どれも相手の記憶に残る話ばかりでした。
島育ちのシーサー。
今振り返ると、こんな偶然の重なりはありません。
子どもの頃は少し嫌だったことが、全部自分だけの強みになっていました。
読みにくい名前も。
淡路島育ちも。
船通学も。
今では全部が私を作る大切な物語です。
だから私はEnlavit(エンラヴィット)でも子どもたちによく伝えています。
今は嫌だと思っていることも、いつか誰にも真似できない自分だけの強みになるかもしれない。
だから無理に周りと同じにならなくていい。
自分らしさを大切にしてほしい。
そう思っています。


隙間時間は暇な時間ではない

多くの人は隙間時間ができるとスマートフォンを開きます。
SNSを見る。
動画を見る。
ニュースを見る。
もちろんそれも悪いことではありません。
私も情報収集はします。
ただ、情報を入れるだけでは新しいものは生まれません。
大切なのは「考える余白」です。
コーヒーも同じです。
豆だけあってもコーヒーにはなりません。
お湯を注ぐ余白が必要です。
人も同じだと思っています。
知識を詰め込むだけではなく、それを整理する時間が必要です。
だから私は意識的に隙間時間を作っています。
30分あればキッチンに立つ

30分ほど時間が空いた時。
私はよくキッチンに向かいます。
特別な料理を作るわけではありません。
冷蔵庫を開けて、
「これとこれを合わせたらどうなるかな」
そんな感覚で作ります。
焼売の皮を使ったピザ。
バラの形をした盛り付け。
うどんを使ったカルボナーラ風アレンジ。
思いついたらとりあえずやってみる。
そんな感じです。


料理は小さな商品開発

実は料理と商品開発はよく似ています。
限られた材料。
限られた時間。
限られた予算。
その中で価値を生み出す。
これは事業そのものです。
例えば焼売の皮。
普通は焼売を作るためのものです。
でも少し視点を変えるとピザにもなる。
花のような見た目にもなる。
これは商品開発でも同じです。
今あるものをどう見せるか。
どう組み合わせるか。
その発想力が新しい価値を生み出します。


盛り付けは価値を伝えるデザイン

料理をしていて面白いなと思うことがあります。
それは、同じ料理でも盛り付けで印象が大きく変わることです。
特に子どもたちを見ているとよく分かります。
苦手な野菜でも、少し見た目を工夫すると驚くほど食べてくれることがあります。
「おいしい」だけではなく、
「食べてみたい」
と思ってもらうことが大切なのです。
これは商品も同じです。
どれだけ良い商品でも、伝わらなければ存在しないのと同じです。
だから私は料理をするときも、盛り付けを考えます。
どうすれば楽しく見えるか。
どうすればワクワクするか。
どうすれば思わず手を伸ばしたくなるか。
そんなことを考えながら作っています。


バラのサラダと人間の面白さ

以前、焼売の皮を使ってバラの形を作り、サラダの上に飾ったことがあります。
見た目はまるで花束のようでした。
完成した瞬間は、
「綺麗にできたな」
と思います。
でも実際に食べる時は違います。
そのバラを思い切り砕くのです。
パリパリと音を立てながら粉々にする。
するとサラダに食感が加わり、さらにおいしくなります。
この瞬間が実は面白い。
人間には昔から、
「綺麗なものを眺めたい欲求」
と同時に、
「綺麗なものを壊したい欲求」
もあるように思います。
砂浜のお城を崩したくなる。
プチプチを潰したくなる。
雪を踏みたくなる。
完成されたものを壊すことで得られる不思議な快感があります。
バラの形にした焼売の皮も同じです。
綺麗だからこそ壊したくなる。
壊すことで料理が完成する。
少し不思議ですが、人間らしい感覚だと思います。
そして私は、そんな感覚も含めて料理や商品づくりのヒントになると考えています。


一眼レフを持って散歩する

1時間ほど時間が取れた日は、一眼レフを持って外へ出ます。
目的地はありません。
ただ歩きます。
住宅街。
公園。
花壇。
路地裏。
季節によって景色は変わります。
光も変わります。
空気も変わります。
同じ場所でも毎回違う表情があります。


写真は「見る力」を鍛えてくれる

写真を始めて感じたことがあります。
写真は撮る技術ではなく、見る技術だということです。
以前は気付かなかった木漏れ日。
道路に伸びる影。
花壇の色。
猫のしぐさ。
カメラを持つことで初めて見える景色があります。
そしてそれは仕事にも繋がっています。
お客様の言葉。
表情。
雰囲気。
小さな変化。
そうした細かな部分に気付く力は、写真を撮ることで自然と鍛えられている気がします。


猫が教えてくれること

散歩中によく出会うのが猫です。
特に黒猫が好きです。
自由で気まぐれ。
疲れたら寝る。
嫌なら離れる。
楽しい時だけ近寄る。
人間は頑張りすぎることがあります。
でも猫を見ていると、
「もっと肩の力を抜いてもいいのかもしれない」
そう思えるのです。


撮った写真を今度は描く

散歩から帰ると、今度はその写真を見ながらスケッチします。
ここで重要なのは、上手く描こうとしないことです。
むしろ下手なくらいでいい。
ラフな線。
雑な影。
歪な形。
それが味になります。


写真とスケッチは別物

写真を見ながら描いていると不思議なことが起きます。
写真では気付かなかったものが見えてくるのです。
木の枝の流れ。
花壇の奥行き。
建物のバランス。
猫の姿勢。
描くことで初めて見えてくる景色があります。
だから私は写真だけで終わらせません。
必ずスケッチします。


AIに任せるけれど、最初は必ずラフを描く

最近はAIで画像が作れる時代になりました。
私もAIを活用しています。
キャラクター制作。
デザイン制作。
チラシ作成。
アイデア整理。
たくさん助けられています。
でも、一つだけ絶対に譲らないことがあります。
それは、どんなデザインでも最初に必ずラフを描くことです。


なぜラフを描くのか

ラフは完成図ではありません。
考えるための道具です。
頭の中にある曖昧なイメージを外に出す作業です。
一本線を引く。
消す。
描き直す。
また描く。
そうやって初めて、本当に作りたいものが見えてきます。


こだわりが強いから描く

私は昔から少しこだわりが強い性格です。
だからAIに「全部お任せ」ができません。
もちろんAIは便利です。
でも私の頭の中にある細かなイメージは私にしか分からない。
だからまず描きます。
雑でもいい。
下手でもいい。
とにかく描きます。
そしてそのラフを見ながら、また別のラフを描きます。
さらに描きます。
その繰り返しです。


キャラクターもラフから始まる

島うさぎコーヒーのキャラクター。
島のおやつのキャラクター。
Enlavit(エンラヴィット)のキャラクター。
どれも最初はラフスケッチでした。
耳の長さ。
表情。
帽子の形。
ポーズ。
何度も描き直しました。
完成品だけを見ると一瞬で生まれたように見えるかもしれません。
でも裏側には何十枚ものラフがあります。


AIは相棒

私はAIを否定しません。
むしろ大好きです。
AIがあるからできる表現もあります。
作業時間も短縮できます。
発想も広がります。
でもAIは代わりではありません。
相棒です。
種を作るのは人。
育てるのはAI。
そんな感覚です。
完成より途中が好き

実は私は完成品より途中が好きです。
真っ白な紙。
最初の一本の線。
少しずつ形になる過程。
そこに一番ワクワクします。
事業も同じです。
完成したサービスより、作っている最中の方が好きだったりします。
Enlavit(エンラヴィット)もそうでした。
最初から今の形があったわけではありません。
頭の中にあるぼんやりとした想いを少しずつ形にしてきました。
何度も描き直し。
何度も考え直し。
たくさん失敗もしました。
でもその過程があったからこそ今があります。
だから私は完成よりも、その途中にある試行錯誤の時間に魅力を感じるのです。


Enlavit(エンラヴィット)に込めた想い

実はEnlavit(エンラヴィット)zは、私自身の名前を体現したような場所でもあります。
私の名前である師佐(かづさ)には、
「何か一つでも飛び抜けたものを持ち、それを人に教え、人を助けられる人間になってほしい」
という両親の願いが込められています。
子どもの頃はその意味を理解できませんでした。
読みにくい名前が嫌でした。
でも大人になり、その意味を知った時に気付きました。
私は誰かを助ける人になりたいのではなく、
誰かが自分らしく生きられるようになる手助けがしたいのだと。
私がEnlavit(エンラヴィット)を作ろうと思った理由は、名前に込められた想いだけではありません。
私自身、6歳の時にムンプス難聴を発症し、右耳の聴力を失いました。
日常生活は送れます。
でも聞こえることが当たり前の世界の中で、不安を感じることもありました。
聞き返すことへの遠慮。
周囲との違い。
将来への漠然とした不安。
そして何より、自分には何ができるのだろうという悩みがありました。
子どもの頃の私は、今のように夢を持てる人間ではありませんでした。
自分に自信があったわけでもありません。
だからこそ分かることがあります。
障がいがあること。
不登校であること。
グレーゾーンであること。
発達特性があること。
それらは決して「可能性がない」という意味ではないということです。
むしろ誰にも真似できない個性や強みになることがあります。
私自身がそうだったからです。
読みにくい名前も。
右耳難聴も。
淡路島育ちも。
船通学も。
昔はコンプレックスだったものが、今では全て自分を形作る大切な要素になっています。
だからEnlavit(エンラヴィット)では勉強を教えることだけを目的にしていません。
正解を教える場所でもありません。
好きなことを見つける場所。
挑戦してみる場所。
失敗しても大丈夫だと思える場所。
自分を否定しなくていいと思える場所。
そして、自分の得意なことや好きなことを通じて、いつか誰かを助けられる人になるための場所です。
私の名前である師佐(かづさ)に込められた、
「教え、人を助ける人になってほしい」
という願い。
Enlavit(エンラヴィット)は、その願いを私なりの形で体現した場所なのかもしれません。
最初から完璧でなくていい。
失敗してもいい。
遠回りしてもいい。
まずやってみる。
描いてみる。
作ってみる。
それを大切にしています。
私は世界を変えたいわけではありません。
ただ、目の前の一人が少しだけ笑顔になれる場所を作りたい。
そして障がいや不登校、グレーゾーン、発達特性など様々な背景を持つ人たちが、一人でも多く明るく生きられる社会を作りたい。
それがEnlavitに込めた本当の願いです。
今のコンプレックスは、未来の武器になるかもしれない。
今の遠回りは、未来の自分を助けてくれるかもしれない。
だから焦らなくていい。
周りと比べなくていい。
まずは自分の「好き」を大切にしてほしい。
そして、その好きがいつか誰かを助ける力になることを信じてほしい。


好きは未来を作る

写真。
料理。
スケッチ。
キャラクター制作。
一見すると仕事と関係ないように見えるかもしれません。
でも私にとっては全部繋がっています。
好きだから続く。
続くから上達する。
上達するから価値になる。
価値になるから誰かの役に立つ。
これは私自身が体験してきたことでもあります。
昔はコンプレックスだった名前。
昔は少し恥ずかしかった淡路島育ちという環境。
それらが今では人との会話を生み、縁を生み、自分の強みになっています。
人生は何が価値になるか分かりません。
だからこそ、自分の「好き」を大切にすることが大事だと思っています。


縁紡(えにつむぐ)が届けたいもの

合同会社縁紡(えにつむぐ)はコーヒー屋(島うさぎコーヒー)でもあります。
おやつ屋(島のおやつ)でもあります。
オンラインスクール(エンラヴィット)でもあります。
でも本当に届けたいのは商品ではありません。
挑戦するきっかけです。
好きなことを続ける勇気です。
誰かとのご縁です。
コーヒーを通じて生まれる会話。
おやつを囲んで生まれる笑顔。
学びを通じて広がる可能性。
それら全てが人と人とのご縁を紡ぐきっかけになると信じています。
だから縁紡(えにつむぐ)という社名には、「ご縁を紡ぐ」という想いを込めました。
商品もサービスも、その想いを届けるための手段の一つです。

最後に

今日もまた30分だけ時間が空いたら料理をするかもしれません。
1時間空いたらカメラを持って歩くかもしれません。
撮った写真をスケッチするかもしれません。
キャラクターのラフを描くかもしれません。
そしてそのラフから、新しいアイデアが生まれるかもしれません。
名前のことを気にしていた子どもの頃の自分は、きっと今の姿を想像していなかったと思います。
淡路島育ちを少し恥ずかしいと思っていた頃の自分も、故郷を発信する仕事をするとは思っていなかったでしょう。
でも人生は面白いものです。
嫌だったことが強みになることもある。
遠回りだと思っていた経験が誰かの役に立つこともある。
だから私はこれからも描き続けます。
料理を作ります。
写真を撮ります。
スケッチを描きます。
新しい挑戦を続けます。
AI時代だからこそ。
便利な時代だからこそ。
私は今日も鉛筆を握ります。
縁紡(えにつむぐ)のアイデアは、いつもそんな隙間時間から生まれています。

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